農業を単なる産業として見ると、
・利益が出るか
・効率が良いか
・輸入した方が安いか
という話になります。
しかし国家はそれだけでは考えません。
食料は人が生きていくために不可欠だからです。
だから各国は採算だけで農業政策を決めているわけではありません。
・日本の食料安全保障
・中国の食料安全保障
・アメリカの農業保護
・EUの農業補助金
これらは経済政策であると同時に安全保障政策でもあります。
特に日本は島国です。
平時は輸入できても、
・戦争
・外交摩擦
・海上封鎖
・世界的な不作
が起きれば状況は一変します。
だから農業は、
「平時は経済」
「有事は安全保障」
という二つの顔を持っています。
農業は経済活動であり、
社会を支えるインフラであり、
そして国家を守る安全保障でもある。
だから各国は農業を、単なる産業としては扱わないのである。
●農業は外交にも影響する
農業が弱くなると、
単に農家の所得が減るとか、
食料自給率が減るとか、
そういう話だけではない。
食料の多くを海外に依存するほど、食料を供給する国の影響力は大きくなる。
逆に、
自国で一定の食料を確保できれば、外交上の選択肢も増える。
農業が弱くなると、
単に一つの産業が弱くなるわけではない。
国家の交渉力や、
外交上の自由度にも影響する。
だから農業は、
経済であり、
インフラであり、
そして安全保障でもあるのである。
●食料輸出国が強い理由
アメリカ合衆国
ブラジル
ロシア
カナダ
オーストラリア
などは世界有数の農産物輸出国です。
これらの国は、
・自国民を養える
・輸出で外貨を稼げる
・食料供給を通じて影響力を持てる
という強みがあります。
国際政治では、
・軍事力
・経済力
・技術力
が注目されますが、
その土台にあるのは、
「国民を食べさせられる能力」です。
歴史を見ても、
食料不足は政権を揺るがします。
逆に、食料に余裕がある国は、外交上の選択肢が増えます。
ただし、現代は農業だけで強国になれるわけではありません。
例えば、
食料輸出国でも工業力や技術力が弱ければ限界があります。
逆に日本のように食料自給率が高くなくても、
工業力や技術力で大きな影響力を持つ国もあります。
農業は国家の強さの「必要条件の一つ」であって、十分条件ではありません。
・工業
・技術
・金融
・軍事
こうした力と組み合わさって初めて、
大きな国力となるのである。
●日本農業はスタート地点から不利な条件が多い
日本の農業を考えるとき、
「農家が努力不足だから」
「農業政策が悪いから」
だけでは説明できません。
そもそも日本は、
肥料の主要原料をほとんど持っていません。
・リン鉱石
・カリ鉱石
・天然ガス(アンモニア原料)
・大規模な硝石資源
などは海外依存です。
特にリン鉱石はほぼ全量輸入です。
カリもほぼ輸入です。
窒素肥料も、原料となる天然ガスの多くを海外に依存しています。
農業をやるための燃料や原材料を、最初から海外に頼っているのです。
これは工場で例えると、
原料だけでなく、
電気すら海外から買わなければ生産できないような状態です。
生産の土台そのものを海外に依存しているのである。
だから日本農業は、
農家の努力だけではどうにもならない部分があります。
さらに日本は、
・耕地面積が小さい
・山が多い
・農地が分散している
・人件費が高い
という条件もあります。
世界の巨大農業国と同じ土俵で戦うのは最初から厳しい。
農業を安全保障という観点で見れば、
日本は決して有利な条件にあるとは言えない。
●外交は精神論よりも構造が重要である
国際政治では、
「気合いがある」
「毅然とした態度」
「主張を論じる」
だけで物事は決まりません。
むしろ、
・資源
・食料
・エネルギー
・技術
・軍事力
・市場規模
といった現実的な条件が大きく影響します。
日本の場合、
食料もエネルギーも原料も輸入に依存する部分が大きい。
そのため、外交交渉では常に
「相手に依存している部分がある」
という前提からスタートすることがあります。
これは外交官の根性や覚悟の問題ではありません。
構造の問題です。
例えば企業でも、
取引先が100社ある会社と、
売上の8割を1社に依存している会社では、
交渉力が違います。
担当者が強気か弱気かではなく、
依存度の問題です。
国家も似た面があります。
「もっと強く言えばいい」
「毅然と対応すればいい」
だけでは解決しないことが多い。
本当に交渉力を高めるなら、
・依存度を下げる
・代替手段を増やす
・技術力を高める
・供給網を多様化する
必要があります。
一方で、日本は不利な条件ばかりでもありません。
・世界有数の経済規模
・高い技術力
・安定した法制度
・巨大な消費市場
・国際的な信用
といった強みもあります。
だから現実には、
「常に弱い」のではなく、
資源・食料分野では不利な面があり、
その不利を技術・経済・信用で補っている国
と見る方が近いでしょう。
日本は食料や肥料原料に恵まれた国ではない。
だから外交も、必ずしも有利な位置から始まるわけではない。
これは精神論ではなく構造の問題である。
だからこそ、
感情論ではなく、
技術力を高める。
生産性を向上させる。
依存度を下げる。
代替手段を増やす。
そうした積み重ねによって、
競争力を高めていく必要があるのである。
●食料も国際分業によって支えられている
現在の介護施設や老人ホームなどでは、
・冷凍野菜
・冷凍魚
・冷凍惣菜
・加工食品
が大量に使われています。
そしてその一部は中国で加工・製造されたものです。
なぜかというと、
介護業界は慢性的な人手不足だからです。
昔のように施設で
大量の野菜を切り、
魚を下ろし、
一から調理するのは難しい。
そのため、
調理済み・半調理済みの冷凍食品への依存度が高くなっています。
もし中国からの輸入が突然止まれば、
・施設の食事コスト上昇
・献立の縮小
・人手不足の悪化
・給食業者の混乱
は十分起こり得ます。
これは介護施設だけではありません。
・学校給食
・病院給食
・外食チェーン
・コンビニ
も影響を受けます。
ここで言う「農業」には、
実は農家だけではなく、
・肥料
・飼料
・食品加工
・冷凍物流
・港湾
・輸送
まで含まれます。
つまり、最終的に食卓へ届けるまでの仕組み全体の話です。
「中国から冷凍食品が入らなくなったら困る」という話は、
単に「中国依存が良いとか悪い」とかいう話ではありません。
他の産業と同様に、
日本の食料供給網そのものも、
国際分業の上に成り立っているという話なのである。
●他国は自国の利益を優先する
国際政治は理想だけで動く世界ではない。
各国は自国の利益を守るために行動する。
そのため、食料や肥料を海外に依存している国は、
常にそのリスクと向き合うことになる。
これは感情の問題ではない。
構造の問題である。
これが国際政治であり、国際外交の現実なのである。
現に2025年のお米騒動の際には、
「米をもっと生産し、余剰分は輸出する。国内で不足したら輸出分を国内へ回せばよい」
という意見が一定の支持を集めた。
日本国内だけを見れば合理的な考え方である。
しかし、その米を輸入している国から見れば話は別である。
彼らは、「日本から米が買える」
ことを前提に食料政策を組んでいるかもしれない。
ところが日本国内で不作や供給不足が発生し、
「今年は国内優先なので輸出を停止します」
となればどうなるだろうか。
今度は輸入国側が食料不足に直面する可能性がある。
つまり彼らもまた、
日本という供給国に依存するリスクを抱えることになる。
さらに、その国が石油や天然ガス、
希少金属などの資源国だったらどうだろうか。
日本は食料を優先する。
相手国もまた自国の利益を優先する。
結果として、資源の輸出制限や価格引き上げなど、
別の形で影響が返ってくる可能性もある。
日本は食料輸入国だが、
別の国相手では輸出国になる可能性があるのである。
国際社会とは、
お互いが依存し合いながら成り立っている世界なのである。
ただし、だからといって輸出が悪いわけではない。
むしろ輸出には大きな意味がある。
平時に輸出市場を持っておけば、
国内需要が減った時の受け皿になる。
生産量も維持しやすくなる。
農家の所得も安定する。
結果として、
生産基盤が維持される。
そして本当に国内で不足した時には、
輸出向けに確保していた分を国内へ振り向ける余地が生まれる。
ある意味、
「余剰生産能力を維持するための保険」
とも言える。
食料安全保障とは、
単に食料を備蓄することではない。
平時から生産能力そのものを維持し続けることでもあるのである。
●技術は資源の制約を乗り越える
農業が弱くなるということは、
単に一つの産業が衰退することではない。
食料インフラを失い、
安全保障を弱め、
外交カードを一枚捨てることでもある。
逆に農業を強くすれば、
食料安全保障は強化され、国家としての選択肢も増える。
つまり農業を強くすることは、
農家を守ることだけではない。
国家の交渉力と自由度を高めることでもあるのである。
私個人としては、
農業を守る方法は必ずしも就農人口増加だけではないと思っている。
もちろん担い手の確保は重要である。
しかし、日本は人口減少社会である。
長期的に考えれば、
人を増やすことだけで解決するのは難しい。
だからこそ必要なのは、
技術革新である。
かつて人類は、
ハーバー・ボッシュ法によって窒素問題を解決した。
品種改良によって収量を飛躍的に向上させた。
農業機械によって人手不足を補った。
同じように、
次の時代も技術によって突破できる可能性がある。
・水が極めて少なくても育つ稲や小麦
・高い乾燥耐性を持つ品種
・肥料が少なくても育つ品種
・極端な多収量を実現する品種
こうした技術が実現すれば、
食料問題だけでなく、
水問題や肥料問題の解決にもつながる。
そして結果として、
資源国や農業大国への依存を減らし、
各国の食料安全保障を強化できるかもしれない。
農業を強くするとは、
農地を増やすことだけではない。
人類の知恵によって、
これまでの制約そのものを乗り越えることでもある。
水資源、
肥料原料、
広大な農地といった資源の重要性は相対的に低下する。
その結果、資源国や農業大国の発言力も相対的に低下する。
逆に、技術を持つ国の影響力は高まる。
私はこちらの方が健全な競争だと思う。
資源を奪い合うのではない。
技術によって制約そのものを小さくする。
その方が多くの国に利益をもたらすからである。
●平常運転という奇跡
「地獄への道は善意で舗装されている」
という言葉がある。
しかし私は逆だと思う。
平和で豊かな社会は、
誰か一人の英雄によって支えられているわけではない。
・研究者
・技術者
・農家
・工場で働く人々
・物流を支える人々
そして無数の人々の通常の仕事によって支えられている。
「平常運転という奇跡への道は、
各自の通常の仕事で舗装されている」のである。

