農業は非常に「特殊」な産業である。
もちろん農業も経済活動の一つであり、産業である。
利益を出し、
設備投資を行い、
雇用を生み出す。
その意味では製造業や商業と変わらない。
また、世の中には農業以外にも重要な産業が数多く存在する。
それは十分理解している。
しかし、約20年間商社で働いた後、実際に農業の世界へ飛び込んでみると、
「農業は他の産業とは少し違うのではないか」
と感じることが何度もあった。
もちろん農業も産業である。
ただ、農業を単純に**「農産物を作る産業」**として、
他の産業と同列に説明すると、
どうも違和感が残るのである。
農業経営体育成セミナー 開講式
県が主催する研修・セミナーに参加した。
地域の40代までの新規就農者を対象に、
単なる栽培講習ではなく、
- 農業経営
- 法人化
- 事業承継
- 規模拡大
- 雇用
- 補助金
- 新技術
- 地域の担い手育成
など、
県が**「地域農業のリーダー候補」**を育成するための研修である。
単発のセミナーではない。
月に約2回の研修があり、それが3年間続く。
農業技術だけでなく、経営や法人化、雇用なども学ぶ。
卒業後には県知事から**「修了証書」**が交付される。
さらに、補助金や融資などでも優遇を受けることができる。
今回はその開講式である。
市内の大きなホールに来賓を招き、式典が開催された。
まさに農業版の入学式といった雰囲気である。
ところが、この研修に参加するために、
面接もない。
試験もない。
特別な資格も必要ない。
農業に従事していれば参加できる。
そして受講料は無料である。
贅沢なセミナー 受講生2人に専門家1人
正直、私は驚いた。
商社時代にも研修はあった。
しかし通常は、
講師が来て、
半日から1日講義をして終わりである。
正直なところ、
数か月も経てば内容だけでなく、
講師の名前どころか顔すら思い出せない。
そんな研修も少なくない。
ところが、この研修は違う。
受講生約40名に対して、普及指導員約20名。
単純計算で、
受講生2人に対して専門家1人である。
※普及指導員(農業技術や経営を支援する都道府県職員)
私は思わず計算し直した。
「本当に合っているのか?」
と思ったからだ。
民間企業でこの人数配置をやったら、
かなりのコストになる。
しかも、
これで終わらない。
3年間続く。
さらに、
個別担当者まで付く。
民間企業の感覚で言えば、
正直、
ここまで来ると、
もはやセミナーというより
「伴走型育成プログラム」
である。
しかも、
受講料は無料だ。
普及指導員の方々も、
農学部
園芸学部
生物資源科学部
応用生物科学部
などを卒業し、
その後も、
病害虫
土壌肥料
野菜
果樹
花き
畜産
など、それぞれ専門分野を持っている。
単なる行政職ではない。
ある意味、
『地域農業を支える技術者集団』
である。
農家への技術指導、
経営相談、
試験研究機関との連携、
補助事業の支援、
地域農業の取りまとめ。
研究者でもない。
営業でもない。
教師でもない。
しかし、
その全てを少しずつ担っている。
私は商社時代、
中国の工場やメーカー、
国内の顧客、
大学の研究者など、
様々な人と仕事をしてきた。
しかし、
こうした役割を一人で担う職種は見たことがない。
しかも最後に、
「今後どんなセミナーをやってほしいですか?」
とアンケートまで取っている。
普通の民間セミナーなら、
アンケートは、
- 満足度
- 講師評価
- 次回参加するか
くらいである。
ところが今回は、
「どんな内容を学びたいか」
まで聞かれた。
なので私は、
例えば、
BASFジャパン、住友化学などの化学メーカー
クボタ、ヤンマーなどの農業機械メーカー
大規模水耕栽培施設
などへの視察や見学の機会があれば参加してみたいと記入した。
民間なら高額コンサル級である
正直、私は驚いた。
民間でここまで手厚い研修は、なかなか見たことがない。
せいぜい、
商工会議所や銀行が主催するセミナーで、
講師が前に立ち、
参加者が話を聞いて終わる。
そんな形式が一般的である。
これを商社で例えると、
県が、
- 国際物流の専門家
- 化学メーカー出身者
- 海外営業経験者
を雇い、
地域の中小企業を無料で回っているようなものである。
普通なら、
コンサル料を取られても不思議ではない。
しかも、
単発ではない。
3年間続き、
個別担当者まで付く。
民間企業の感覚で言えば、
かなり贅沢な制度である。
一方で、世の中には様々な民間セミナーも存在する。
ブログの世界なら、
「月100万円稼げます!」
せどりの世界なら、
「人生が変わります!」
SNSなら、
「自動で集客できます!」
といった言葉を見かけることも少なくない。
もちろん全てが悪いわけではない。
実際に成果を出している人もいる。
しかし中には、
参加費や高額コンサルの販売が主な目的になっているものも存在する。
だから参加者も、
「本当に稼いでいるのかな?」
「最後に何か売られるのでは?」
と警戒しながら話を聞く。
そして普通のセミナーなら、
「本日はありがとうございました」
で終わってからが勝負!
「続きは有料コミュニティで!」
「今回だけの特別限定情報です!」
である。
その点、この研修は違う。
高額商品もない。
高額コンサルもない。
むしろ県の職員や普及指導員が、
地域農業を維持するために本気で伴走している。
商社出身の私から見ると、
なかなか贅沢な制度だと思うのである。
農業という産業は人材育成に驚くほど手間をかけている
商社時代、
様々な研修を受けた。
しかし、
ここまで手厚く、
ここまで長期間、
しかも無料で支援する仕組みは見たことがない。
私は改めて思った。
農業は単なる産業ではない。
食料を支えるインフラであり、
地域を支える公共的な役割も持っている。
仮に工場が一つ閉鎖されても、
別の企業が参入することはできる。
しかし農業は違う。
担い手がいなくなれば、農地はすぐには戻らない。
技術も、
地域とのつながりも、
簡単には再生できない。
だからこそ行政は、
農業という産業そのものではなく、
農業を支える「人」を育てようとしているのだろう。
このセミナーを見て、
私は改めて、
農業の特殊性を感じたのである。
そして同時に、
なぜ行政がここまで人材育成に力を入れるのか、
その理由も少し分かった気がした。
農業は、単に作物を作る産業ではないのである。

